ponkotu-papaのブログ

バツイチパパの日常を気の向くままにつづります

平成最後の夏休み旅行記 その10

前回の写真の上の方の、木陰になって石段が見えなくなる辺りから、石段は左方向にカーブしていた。

この辺りから、空模様が少し怪しいようで、遠くで雷の音がしていた。雨でも降ったら困るゾ、と、ムスメやヨメと話して少し速度を上げるコトにした。

 

その石段の途中、「石仏」と言うのが多数あった。どういう理由かは判らないんだけど、石段、つまり人が踏む場所に、お地蔵さまやら墓石やらが使われているんだと。簡単な解説のプレートが貼り付けてあったから気付いたんだけど、プレートが無ければたぶん、気付かなかったな。

しかしまぁ、なんともバチ当たりなコトなんだけど、やっぱり【O】ならやりそうだな、なんて思った。なんとなく、神仏とか信じないと言うか、嫌ってそうなイメージだもんな。

なんて、よく知りもしない【O】を知ったかぶりで想像しながら、思っていた以上に長い石段を登っていく。

登り始めて30〜40分も経っただろうか。

所々に置いてあるベンチを見ては、何度も「もうここでムスメやヨメが降りてくるのを待ってようか」と思いながらも、息も絶え絶え、ヘロヘロになりながらも、ようやく頂上に着いた。

 

そこには、【礎石】って言うの?

が、いくつも並べてあり、その周りを高さ2メートルほどの石垣で囲ってあるだけの、思っていたよりもこぢんまりとした場所だった。

 

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こんな感じ。

正直、俺の【O】のイメージとは違っていたなぁ。もっとデデーン!と、派手派手しくていかにも!ってのを想像していたんだけどな。まぁ『城跡』なんだし、案外こんなモンなのかもしれないな。

 

それにしても。

どのお城についても同じように思うんだけど、エレベーターもエスカレーターも無い時代、当時の人は毎日こんな石段を登り降りしていたのか。

それだけで当時の人たちを尊敬してしまうわ。

あと、そんな高い所まで、こんなにたくさんの石を運んで石垣やら石段やらお城やらを造ってしまうんだもんなー。

すンごい重労働だったろうなぁ…。

なんて、ちょっと違うところで感慨にふける俺ガイル。

 

で、その頂上の一角から、さらに礎石の周囲の石垣に登れるようになっており、ここまで来たら登るしかないやろ、と登ったところ、生い茂る木々の隙間から城下(?)が見えた。


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……………。

すごいな…。

【O】は、俺がいる石垣の上よりも、さらにまだ高い所からこんな風景を見ていたのか…。

もしかすると、この城跡の周囲○㎞内は高さ○㍍以上の建物禁止!みたい決まりでもあるのかもしれないんだけど。遠くまで見渡せるその景色に息を飲んだ。

これもあとになって調べて判ったんだけど、当時はこの山の麓まで水が来ていて、船で物資の搬入なんかも出来ていたそうな。と言うコトは、やっぱり今とはずいぶん違う風景だったってコトかな。

でもこの時の俺はそんなコトは知らずに、純粋に目の前の景色は【O】が見た景色に近いんじゃないだろうか。なんて考えて思いの外感慨深く感じていた。

 

と、その時、すぐ上空で雷の音がした。

 驚いて上を見上げると、時折、雲の中で稲光が光っていた。

俺たち以外にもたくさん居た観光客も驚いたようで、下山の相談をしているようだった。

 

つづく