ponkotu-papaのブログ

バツイチパパの日常を気の向くままにつづります

新幹線内での殺傷事件

まず、亡くなった勇敢な男性のご冥福をお祈りします。

もし俺がその場にいたら、同じようには出来ないと思う。我が身の危険も顧みず、女性を助けに割って入った男性の勇気に心から尊敬するよな…。

 

 

 

さて。

俺はここしばらく、タイミングが合わなくてあんまりニュースを見えていないんだけど、ヨメからの情報によると犯人の男って、元放置子だったんだとか…。

親がかなりの毒親育児放棄放置子の末、施設で育ったとか。でも学校の成績もトップクラスですっごく頭はいい、らしい。

 

 

 

で、ここからはヨメの分析なんだけど。

その犯人の男、恐らく『自己肯定感』が非常に低いんだろう。

『自己肯定感』とは、まぁ詳しくは検索して貰えば判るだろうけど、ここではごく簡単に言うと、『自分自身を尊い存在である』と言う自信を持つコト、かな。

『自己肯定感が低い』ってのは、例えば幼い頃から親や周囲からその存在を認めて貰えなかったりして、自分は生まれてきてはいけなかったんじゃないか、生まれてきたコトが悪いコトなんじゃないか、と、自分自身が生きる価値が無い存在だと思い込み、自分自身を『尊い存在』である自信が持てない状態、とでも言えばいいのかな。

『自己肯定感が低い』と、自分自身を『尊い存在』だと思えないんだから大切にしないし、自分を大切に出来ないんだから当然、他人のコトだって『尊い存在』だなんて思えるハズもなく、他人を大切に出来ないし尊敬も尊重も出来ない。

その結果、簡単に自殺したり、簡単に他人を殺傷したりする、んだって。

 

ちょくちょくある「誰でもよかった」って理由の通り魔事件の犯人なんかも、恐らく『自己肯定感が低い』んだろうなぁ…、と素人分析。

 

 

 

ヨメ曰く。

「躾は大切。勉強も大切。でも、それよりもどれだけ『自己肯定感』を育ててやれるか、心を育んでやれるかの方がもっと大切だ。」とのコト。

 そんなヨメの仕事は保育士である。さらにその道およそ20年のベテランである。さすがベテラン。言葉に重みがある。

そのおかげか、ムスメはやたらと『自己肯定感』が高い。どうやらヨメの子育ては大成功のようだ。

 さらに言えば、キチンと自己肯定感を育てていれば、変な選民意識を持って他人を見下したりなんかはしないらしい。自分も他人も尊い存在だとして、他人への尊敬や敬意を持てるようになるんだって。

むしろ、理不尽に他人を見下して相対的に自分の地位や立ち位置を確保しようとする人ほど、自分自身に自信が無い、そうな。ワリといるよね、しょーもないコトでマウンティングして見下す人。

そうか。これからはそーゆー人は「あぁ、自分自身に自信が無い哀れな人なんだな…」と、心の中でm9(^Д^)プギャーするコトにしよう。

 

 

 話を戻して。

この事件、犯人のその生い立ちは同情もできる。

でも、似たような境遇で育っていても、他人に迷惑をかけずに至極まっとうに真っ直ぐに生きている人だってたくさんいるハズだ。

ウチの近所にも、施設…、と呼んでいいなかな。まぁ、そういった家がある。そこの子供たちは恐らくいろいろ抱えているんだろうけど、いい子ばかりだ。『施設』そのものを差別するつもりも無いし、差別を助長する気も無い。

ムシャクシャした、イライラした、なんて下らない理由で他人を殺傷するくらいなら、自分自身を殺傷してくれ。無関係な他人を巻き込まないでくれ。

犯人自身はもちろん、そんな人間に育てた(いや、育児放棄で育ててないのか?)親にも責任を取らせろ。

 

 と思う。