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ponkotu-papaのブログ

バツイチパパの日常を気の向くままにつづりす

鋼の錬金術師

というアニメのDVDを、何度かに分けてレンタルして全部見た。「鋼の錬金術師」と「鋼の錬金術師  FULLMETAL ALCHEMIST」の両方、劇場版も含めて、とりあえず借りられる分を多分全部。

鋼の錬金術師」を略して「ハガレン」と呼ばれている。 

 

ハガレンは、冒頭で10歳ほどの主人公の少年(エドワード、通称エド)が、左足を太腿辺りからもぎ取られ大量出血しているショッキングなシーンから始まる。

その後、義足(劇中では【オートメイル】と呼称)を付けて旅をする。

その旅の途中で出会った、人生に絶望し、ともすればそのまま自らの命を絶ちかねない少女にエドが言う。

「立って歩け、前へ進め、あんたには立派な足がついているだろう」

少女を励ます言葉ではなく、片足を失いながら、それでも立ち上がったエドだからこその厳しいセリフが重い。

 

劇中では、回想シーンを含めて、戦争なんかで人が死ぬシーンも多く、血がドバー!とか、中には都市の住人すべてが一瞬で息絶える衝撃的なシーンもあったりで、あんまり子供には見せたくないんだけど、でも、子供に見せたくなるような、上記のような名ゼリフが多いんだよな。

 

あ、決して「実写映画化されるし話題になっているから」なんてミーハーではなく、雑誌連載当時から好きだったんだ。

しかし、なんであの映画、登場キャラクターがほぼ全員、欧米っぽい名前(エドワード、アルフォンス、ウィンリー、マスタング、ブラッドレイ、など)なのに、キャストが全員日本人なんだ???

無理ありすぎる。ありゃー、大コケ間違いなしだな…。

 

「40歳過ぎてアニメとか(笑)」とか、思いたい人は思ってくれて結構。

男は何歳になっても子供なんだよ。良く言えば、『いつまでも少年の心を忘れない』んだっ!

うん。モノは言い様、だな…。

 

さて。

知っている人もいるとは思うけど、この作品の中で始終、それこそ何度も出てくるセリフ、言ってみればこの作品の「根幹」あるいは「根底にあるテーマ」と言っても良いかもしれない言葉がある。

 それが『等価交換』。

 意味が判らないという人のために作中のナレーションを引用すると

 『人は何かの犠牲なしに何も得ることはできない 。何かを得るためには、それと同等の代価が必要になる』

というコト。

劇中では「錬金術」と言う魔法のような化学技術を使って、例えば床や壁の一部を材料に剣や槍などを作ったりしている。これは床や壁の一部を「代価」にしているので、武器を作った場所が凹んでいたりする。

 

俺はこの作品の、このテーマが好きなんだよな。

 現実の世界でも、こーゆーコトあるよね。

例えば、お店で買い物をする時、お金という「代価」を支払って商品やサービスという「結果」を得る。

例えば、学校の友達が遊んでいる時間も勉強する努力という「代価」を支払って、良い成績という「結果」を得る。

こう考えると判りやすい。

 

じゃぁみんながみんな、同じ『代価』を支払えば同じ『結果』が得られるのか…?

否。

そこは断じて否。

買い物くらいなら「等価交換」が成り立つだろうけど、でも、誰もが同じように勉強しても、同じ成績が得られるワケではない。

常にどんな事象におしても、同じ対価に対して同じ結果は得られない、というコト。

フィクションは所詮フィクションであり、現実では『等価交換が世界の大原則』とはなり得ない。

 はい論破。

 そもそも、なにを以て「等価」とするのかってのが、曖昧すぎる。ハガレン自体、よくよく考えるとワリと矛盾点があったりする。

 

でもね。

やっぱり、「結果」が欲しけりゃ、例え「等価」じゃなくても「相応」の「代価」は必要なんだよね。

 

折しも時期は受験シーズン。

しかもセンター試験真っ最中ときたモンだ。

 恐らく受験生全員がここ数ヶ月、あるいはそれ以上の期間、それこそ寝る間も惜しんで必死に「努力」と言う代価を支払っただろう。でも、全員が志望校合格と言う「結果」に繋がるとは限らない。

 それでも。

「自分は精一杯の努力をした」と言う事実と自信は忘れないでほしい。

 

さて、今度はハガレンの原作本でも借りて読むかなっ!